同じ遺伝情報を持っている一卵性の双子が大人になってから外見が違ってきたり、一方だけが病気を患ったりすることがあるのはなぜでしょう?また皆さん、クローン猫「Cc」をご存知でしょうか?2001年に生まれたクローン猫ですが、見かけや性格がオリジナル猫と非常に異なります[#]押村光雄, editor. 注目のエピジェネティクスがわかる. 羊土社; 2006. 。それはなぜでしょうか?
近年の研究において、環境の変化が遺伝子そのものを変えることなく、その個体の特徴や性質を変化させるメカニズムが明らかになっています。この変化、「エピジェネティクス」と呼ばれており、遺伝子の突然変異が主役であるダーウィンの進化論の考え方に大きな修正が必要であるとまで言われています。まだまだ研究が始まったばかりで解明されていない部分がほとんど。でもこの概念のインパクトは健康志向の皆様にはとても大きく、強力なインスピレーションになるはずです。
今日はこの「エピジェネティクス」の概要について理解を深めてみましょう!
分かりやすく!?エピジェネティクスとは
エピジェネティクスとは、DNAの配列には変化を起こさないで遺伝子機能を調節する仕組み、ある遺伝子の働きを後からオンにしたりオフにしたりすることで、生体の形質・性質を変化させる現象[#]Dupont C, Armant DR, Brenner CA. Epigenetics: definition, mechanisms and clinical perspective. Semin Reprod Med. 2009;27: 351–357. …とでも言いましょうか。
私たちの身体の各組織の個人差、身体的・精神的特徴は、ヒト細胞の核の内部で、染色体の中にある2重のらせん構造をしたDNAの間に存在するA(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)配列によって決定される遺伝情報(遺伝子)の違いによってもたらされます[#]Alberts B, Johnson A, Lewis J, Morgan D, Raff M, Roberts K, et al. Molecular Biology of the Cell. Garland Science; 2014. 。
皆さんの体には約60兆個の細胞があり、それぞれの細胞に含まれる遺伝情報は同じです。でも体では皮膚、筋肉、骨、各内臓など全く異なる組織が別々の細胞で作られていますよね?何故でしょうか?これは使う遺伝子と使わない遺伝子に目印をつけているからなんです。だから、皮膚の怪我をしてもそこから他の組織が作られずに皮膚が再生するわけです。専門的には「修飾」と言いますが、このDNAの配列を変えずに遺伝子機能を制御するシステム(後天的に装飾、DNAのメチル化やヒストンのアセチル化と呼ばれていますが長くなるので今回は割愛します)がエピジェネティクスの特徴になります[#]Dupont C, Armant DR, Brenner CA. Epigenetics: definition, mechanisms and clinical perspective. Semin Reprod Med. 2009;27: 351–357. [#]Alberts B, Johnson A, Lewis J, Morgan D, Raff M, Roberts K, et al. Molecular Biology of the Cell. Garland Science; 2014. 。
このエピジェネティクスによる制御システムは、その時点での体の働きだけでなく、生活習慣により将来的な個体の性質や病気発症の有無、健康の向上・悪化を決める要因になると考えられています。しかも、自分だけでなく、子孫の代までにも影響を及ぼすことが分かっているのです。
いくつか研究例を挙げてみましょう。
ミツバチとマウスを使った研究
ミツバチの巣には働きバチと女王バチがおり、幼虫のときにロイヤルゼリーを摂取したものだけが女王バチへと分化することが知られています。しかし、どちらもほぼ同じ遺伝子を持っているのです。何故この違いが出てくるのでしょうか?これは、ミツバチの分化においてはロイヤルゼリーの成分が遺伝子情報のオンとオフの調節を行い、それらが女王バチ遺伝子の発現を誘発するためである、ということが研究で解明されました[#]Lyko F, Foret S, Kucharski R, Wolf S, Falckenhayn C, Maleszka R. The honey bee epigenomes: differential methylation of brain DNA in queens and workers. PLoS Biol. 2010;8: e1000506. 。言い換えれば、どの個体も女王バチになる遺伝子を持っていて、実際女王バチになるか働きバチになるかは食するものによって変わるのです。
マウスを使った実験では、孫の世代まで体質が伝達されることが明らかになりました。雄マウスを2つのグループに分け、一方には高脂肪食、もう一方には普通食を8週間与え、肥満になった雄マウスを、普通食を与えられていた雌マウスと交配させ、子どもが肥満の遺伝子表現型を引き継いでいるかを調べています。さらに、孫世代にも同様の表現型が遺伝するかを調査しました。すると子ども世代のすべてに遺伝子表現型が遺伝していることが確認されたのです。雌の子どもでは肥満のリスクが上昇、糖尿病の関連が示唆されるインスリン抵抗性の上昇も確認されました。また孫世代の雄にも肥満リスクの増加が見られ、高脂肪食を与えられた雄マウスの影響が、2代に渡って伝達することが確認されました[#]Masuyama H, Mitsui T, Eguchi T, Tamada S, Hiramatsu Y. The effects of paternal high-fat diet exposure on offspring metabolism with epigenetic changes in the mouse adiponectin and leptin gene promoters. Am J Physiol Endocrinol Metab. 2016;311: E236–45. 。
ライフスタイル要因がエピジェネティックなメカニズムに影響
では、エピジェネティクスに影響を与える、生活での良い・悪い要素にはどのようなものがあるのでしょうか?
良い影響を与える要素の例
・葉酸とビタミンB12
胎児は母親の栄養環境により代謝に関係する遺伝子のエピジェネティクスが調節・維持されることで成人期の肥満や生活習慣病の罹患性に影響を与えると考えられています。まだ動物実験の段階ですが、葉酸とビタミンB12の欠乏が子供の成長を遅らせるだけでく、 脂肪組織の増加と肝臓への脂肪蓄積を引き起すリスクが上がることが明らかとなっています [#]Sinclair KD, Allegrucci C, Singh R, Gardner DS, Sebastian S, Bispham J, et al. DNA methylation, insulin resistance, and blood pressure in offspring determined by maternal periconceptional B vitamin and methionine status. Proc Natl Acad Sci U S A. 2007;104: 19351–19356. [#]McGee M, Bainbridge S, Fontaine-Bisson B. A crucial role for maternal dietary methyl donor intake in epigenetic programming and fetal growth outcomes. Nutr Rev. 2018;76: 469–478.。
・ポリフェノール
ポリフェノールは遺伝子の調整機能に作用し、ガン細胞の悪性変化に関連するエピジェネティクスの異常を一部後退させる作用が確認されています[#]Lubecka K, Kurzava L, Flower K, Buvala H, Zhang H, Teegarden D, et al. Stilbenoids remodel the DNA methylation patterns in breast cancer cells and inhibit oncogenic NOTCH signaling through epigenetic regulation of MAML2 transcriptional activity. Carcinogenesis. 2016;37: 656–668. [#]Sauter ER. Epigenetic Drivers of Resveratrol-Induced Suppression of Mammary Carcinogenesis: Addressing miRNAs, Protein, mRNA, and DNA Methylation. Handbook of Nutrition, Diet, and Epigenetics. 2019. pp. 1845–1856. doi:10.1007/978-3-319-55530-0_2 。
・ミネラルバランス
ミネラルは胎児のエピゲノムに影響を与えるだけでなく、大人になってからも生涯にわたってエピゲノム編集に影響を与えます。特にカルシウム、クロム、マンガン、マグネシウム、鉄、セレン、亜鉛などの必須ミネラルの欠乏や、慢性的な過剰摂取はエピジェネティクスのメカニズムを介して疾患の発症にも繋がると考えられているので、ちゃんとした摂取バランスが大事になります[#]Wessels I. Epigenetics and Minerals: An Overview. Handbook of Nutrition, Diet, and Epigenetics. 2019. pp. 1769–1787. doi:10.1007/978-3-319-55530-0_48 。
悪い影響を与える要素の例
・妊娠中の喫煙や飲酒
妊娠中の喫煙が子供の遺伝子の制御機能に悪影響を及ぼし、さらにこの変化が17 歳時点の血液中でも継続していることが明らかになっています[#]Wu C-C, Hsu T-Y, Chang J-C, Ou C-Y, Kuo H-C, Liu C-A, et al. Paternal Tobacco Smoke Correlated to Offspring Asthma and Prenatal Epigenetic Programming. Front Genet. 2019;10: 471. 。さらに、最近の研究では父親喫煙歴も次世代の免疫機能に関わるエピゲノムに影響を及ぼし、これが子供の喘息などの疾患に関連するということも明らかになっています[#]Wu C-C, Hsu T-Y, Chang J-C, Ou C-Y, Kuo H-C, Liu C-A, et al. Paternal Tobacco Smoke Correlated to Offspring Asthma and Prenatal Epigenetic Programming. Front Genet. 2019;10: 471. 。また、妊娠中の飲酒は、胎児の 遺伝子調節機能に異常をもたらし,自閉症や注意欠陥 / 多動性障害などの発達障害の発症要因となることが報告されています[#]邦夫三宅, 健夫久保田. 発達障害のエピジェネティクス病態の最新理解. 日本生物学的精神医学会誌. 2015;26: 21–25. 。
・大気汚染
車の排気ガスなどに含まれる窒素酸化物などをparticulate matter (PM: 微小粒子状物質)と呼びますが、遺伝子の調節機能に悪影響をもたらし、ガンや循環器疾患のリスクを増加させるようです[#]Li J, Li WX, Bai C, Song Y. Particulate matter-induced epigenetic changes and lung cancer. Clin Respir J. 2017;11: 539–546. 。
・芳香族炭化水素およびその他の有機化合物
ベンジンなどの芳香族炭化水素が、悪性細胞の中で見られる遺伝子調節機能に異常をもたらしているようです[#]Bollati V, Baccarelli A, Hou L, Bonzini M, Fustinoni S, Cavallo D, et al. Changes in DNA methylation patterns in subjects exposed to low-dose benzene. Cancer Res. 2007;67: 876–880. 。
エピジェネティクスに関する研究はまだまだ始まったばかりで、分からないことがたくさんあります。今回このテーマをご紹介した理由は「具体的にこれをすればよいことが起きる」というよりは、健康的なライフスタイルを送ることがゲノムレベルでの強力な作用を及ぼしうるということを理解し、皆さんの健康生活へのモティベーション向上に役立ちたいから。同じように、不健康な生活をするとゲノムレベルでの悪影響があるのです。遺伝子が悪いから、と自分の出生を恨み、自己の向上を諦めることはないのです。しかも、エピジェネティクスが自分だけでなく子孫の代まで影響を及ぼすのです。これから子作りを予定している方にとって、不健康なのは自己責任だからと言い切れないのです。自分のことだとあまりモティベーションが上がらないという人でも、元気で聡明な子供を産むためだったら頑張る気になるのでは。
geefeeでは、自らの環境を意図的に変えることで身体や精神を向上させる「バイオハッキング」というのを健康的なライフスタイルの重要な一環であると考えています。geefeeで提唱しているバイオハッキング法はまさにこうしたエピジェネティクス効果を狙っているのです。このことを意識すると「自分も頑張って色々やってみよう!」と思えてきませんか?
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