「除草剤の主要成分として知られるグリホサートにさらされると41%もがんリスクが高まる」。そんな衝撃的なニュースが2019年2月に世界を駆け巡りました。発表したのはワシントン大学の研究者チーム。グリホサートは世界中で大量に使用されている除草剤「ラウンドアップ」の主成分であることから、製造販売元のモンサント社や消費者の間で大きな波紋が広がっています。果たしてグリホサートは安全なのか危険なのか、今までの論争や経緯をもとにgeefeeが考察してみました。
かつては「安心な除草剤」の代名詞だったラウンドアップ
グリホサートは1974年にアメリカのモンサント社が開発・販売を始めた除草剤ラウンドアップの主要成分として知られています。人体に悪影響を与えない優しい薬剤でありながら、どんな雑草にも効くパワフルな除草効果、という触れ込みで瞬く間に世界中で使用されるようになりました。同社は、遺伝子組み換えによりグリホサート耐性を持つ作物の種子の販売も同時に行い、それによってラウンドアップは利用が爆発的に増え、一躍世界のトップセラー農薬となったのです[#]Dill GM, Cajacob CA, Padgette SR. Glyphosate-resistant crops: adoption, use and future considerations. Pest Manag Sci. 2008 Apr;64(4):326-31. 。
グリホサートは植物や微生物の代謝経路であるシキミ酸経路を抑制することで除草を行います。シキミ酸経路は人間には存在しないため、グリホサートは人体には影響がない、とされ、その他の安全性を巡る研究においてもグリホサートは無害だとモンサント社は長年主張し続けてきました[#]Boocock MR, Coggins JR. Kinetics of 5-enolpyruvylshikimate-3-phosphate synthase inhibition by glyphosate. FEBS Lett. 1983 Apr 5;154(1):127-33. [#]de María N, Becerril JM, García-Plazaola JI, et al. New insights on glyphosate mode of action in nodular metabolism: Role of shikimate accumulation. J Agric Food Chem. 2006 Apr 5;54(7):2621-8. 。しかし、以前からグリホサートの安全性に警笛を鳴らす研究者たちも多数いたのです。
モンサント社vs科学者の安全性を巡る論争
今回のワシントン大学の研究発表は、除草剤散布を専門に行う54,000人を対象とした2018年の実態調査結果と、グリホサートと非ホジキンリンパ腫との関連性を調べた現在までの研究結果を総合的に検討し、グリホサートの除草剤としての使用は人体に害を及ぼすと結論付けたものでした[#]Zhanga L, Ranaa I, Shafferb RM, et al. Exposure to Glyphosate-Based Herbicides and Risk for Non-Hodgkin Lymphoma: A Meta-Analysis and Supporting Evidence Mutat Res Rev Mutat Res. In press. 。2018年にモンサント社を買収した世界的製薬会社のバイエルはその結論に猛反発。統計操作や調査手法に重大な欠陥があったとグリホサートの発がん性を真っ向から否定しています。
ラウンドアップを巡る論争は今に始まったことではありません。グリホサートが多くの疾病と関連するとした研究結果もある一方で、最も安全で手に入りやすい除草剤だとする、バイエルによる反対の研究結果もあります[#]Samsel A, Seneff S. Glyphosate, pathways to modern diseases II: Celiac sprue and gluten intolerance. Interdiscip Toxicol. 2013 Dec;6(4):159-84. [#]Samsel A, Seneff S. Glyphosate, pathways to modern diseases III: Manganese, neurological diseases, and associated pathologies. Surg Neurol Int. 2015 Mar 24;6:45. [#]Williams GM, Kroes R, Munro IC. Safety evaluation and risk assessment of the herbicide Roundup and its active ingredient, glyphosate, for humans. Regul Toxicol Pharmacol. 2000 Apr;31(2 Pt 1):117-65. 。
そんな中、2015年にWHOがグリホサートを「人にとっておそらく発がん性がある」物質に分類すると、「この除草剤のせいでがんを患った」とモンサントに対して訴訟を起こす事例が相次ぎました。「グリホサートは遺伝毒性と酸化ストレスにより、おそらく発がん性がある」とWHOは発表しています[#]Guyton KZ, Loomis D, Grosse Y, et al. Carcinogenicity of tetrachlorvinphos, parathion, malathion, diazinon, and glyphosate. Lancet Oncol. 2015 May;16(5):490-1. 。
一方、モンサントはWHOの発表を一蹴。「グリホサートに害はないと結論付けた多くの研究結果を無視している」と批判し、2017年にはアメリカ合衆国環境保護庁も「グリホサートは人体に影響がない」と発表。EFSA(欧州食品安全機関)も同じ見解を発表しました[#]Zhanga L, Ranaa I, Shafferb RM, et al. Exposure to Glyphosate-Based Herbicides and Risk for Non-Hodgkin Lymphoma: A Meta-Analysis and Supporting Evidence Mutat Res Rev Mutat Res. In press. 。果たしてグリホサートは有害なのか無害なのか。もう少し安全面を深く掘り下げてみましょう。
グリホサート(製品名「ラウンドアップ」)が危険視される理由
20世紀後半、世界の人口が増大するにつれ、農業効率を上げて大量の作物を安価な価格で提供することが求められました。ラウンドアップはそういった時代背景に後押しされて世界中で使われるようになったのです。
モンサントが牛耳る巨大市場に水を差したのが2015年のWHOの発表です。多数の動物実験でグリホサートが腫瘍やがんの原因となる可能性を示す結果が出ていること、人間を対象とした大規模な調査でもがんのリスクを高める可能性があると認められることなど、さまざまな研究結果を総合的に判断した上での発表でした[#]De Roos AJ, Blair A, Rusiecki JA, et al. Cancer incidence among glyphosate-exposed pesticide applicators in the Agricultural Health Study. Environ Health Perspect. 2005 Jan;113(1):49-54. 。
下記の人間への影響についても報告されています。
- 肝臓におけるビタミンDの活性化と、一酸化窒素及び硫酸コレステロールの合成に必要なシトクロムP450の機能を阻害。後者は赤血球の機能維持に必要[#]Samsel A, Seneff S. Glyphosate’s suppression of cytochrome P450 enzymes and amino acid biosynthesis by the gut microbiome: pathways to modern diseases. Entropy (2013) 15(4):1416–63. 。
- 鉄、コバルトやマンガンなどの重要なミネラルをキレート。マンガンが欠乏するとミトコンドリアの機能が損なわれ、また脳におけるグルタミン酸毒性に至る可能性もある[#]Samsel A, Seneff S. Glyphosate, pathways to modern diseases III: Manganese, neurological diseases, and associated pathologies. Surg Neurol Int. 2015 Mar 24;6:45. 。
- 芳香族アミノ酸とメチオニンの合成を阻害し、神経伝達物質及び葉酸を欠乏させる。
- 硫酸塩の輸送及び合成を阻害[#]Samsel A, Seneff S. Glyphosate, pathways to modern diseases III: Manganese, neurological diseases, and associated pathologies. Surg Neurol Int. 2015 Mar 24;6:45. 。
- 下垂体による甲状腺刺激ホルモンの放出を阻害することで、甲状腺機能低下症を引き起こす可能性がある[#]Samsel A, Seneff S. Glyphosate, pathways to modern diseases III: Manganese, neurological diseases, and associated pathologies. Surg Neurol Int. 2015 Mar 24;6:45. 。
人間にはシキミ酸経路は存在しませんが、それでもさまざまな健康への悪影響がありうることがこれらの研究により分かります。また、人間の腸内には多数の微生物が暮らしていることを忘れてはなりません。腸内の善玉バクテリアは人の健康を左右する重大な役割を果たしています。グリホサートはそういった善玉バクテリアを一掃し、グリホサート耐性のある悪玉バクテリアを増殖させる恐れがあるのです[#]Shehata AA, Schrödl W, Aldin AA, et al. The effect of glyphosate on potential pathogens and beneficial members of poultry microbiota in vitro. Curr Microbiol. 2013 Apr;66(4):350-8. [#]Krüger M, Shehata AA, Schrödl W, Rodloff A. Glyphosate suppresses the antagonistic effect of Enterococcus spp. on Clostridium botulinum. Anaerobe. 2013 Apr;20:74-8. 。また、体内だけではなく、作物が育つのに必要な土壌微生物の活性化も低下させます[#]Aktar W, Sengupta D, Chowdhury A. Impact of pesticides use in agriculture: their benefits and hazards. Interdiscip Toxicol. 2009 Mar; 2(1): 1–12. 。
グリホサートに多くのケミカルが配合されたラウンドアップのような除草剤は、グリホサートそのものよりもさらに毒性が強い、という意見もあります[#]Mesnage R, Defarge N, Spiroux de Vendômois J, Séralini GE. Major pesticides are more toxic to human cells than their declared active principles. Biomed Res Int. 2014;2014:179691. [#]Mesnage R, Bernay B, Séralini GE. Ethoxylated adjuvants of glyphosate-based herbicides are active principles of human cell toxicity. Toxicology. 2013 Nov 16;313(2-3):122-8. [#]Adam A, Marzuki A, Abdul Rahman H, Abdul Aziz M. The oral and intratracheal toxicities of ROUNDUP and its components to rats. Vet Hum Toxicol. 1997 Jun;39(3):147-51. [#]Mann RM, Bidwell JR. The toxicity of glyphosate and several glyphosate formulations to four species of southwestern Australian frogs. Arch Environ Contam Toxicol. 1999 Feb;36(2):193-9. [#]Howe CM, Berrill M, Pauli BD, et al. Toxicity of glyphosate-based pesticides to four North American frog species. Environ Toxicol Chem. 2004 Aug;23(8):1928-38. 。「グリホサートはミトコンドリアを傷つけないけれどもラウンドアップは傷つける」「グリホサートそのものよりもラウンドアップの方が人間の胎盤細胞にダメージを与える」といった報告も無視できません[#]Peixoto F. Comparative effects of the Roundup and glyphosate on mitochondrial oxidative phosphorylation. Chemosphere. 2005 Dec;61(8):1115-22. Epub 2005 Apr 26. [#]Cox C, Surgan M. Unidentified inert ingredients in pesticides: implications for human and environmental health. Environ Health Perspect. 2006 Dec;114(12):1803-6. [#]Samsel A, Seneff S. Glyphosate, pathways to modern diseases IV: cancer and related pathologies. J Biol Phys Chem. 2015;15:121-159. 。おそらく、ラウンドアップに含まれるグリホサートとそれ以外の原材料の複合効果と思われます。
除草剤のリスクをしっかりと認識して安全な食物を
グリホサートが人間の健康に影響を与えるのか与えないのかを明言するには、より決定的な研究結果を待つ必要がありますが、産地の違う遺伝子組み換え大豆10個を調べたところ、10個すべてから高濃度のグリホサート残留物が確認されています[#]Bøhn T, Et al. n.d. “Compositional Differences in Soybeans on the Market: Glyphosate Accumulates in Roundup Ready GM Soybeans. - PubMed - NCBI.” Accessed April 8, 2019. 。また、大豆のみならず、大麦、小麦、トマト、コショウ、ペパーミントなどの野菜類、ニワトリや牛など多くの食品からグリホサートが検出されたという報告もあり、現代の生活の中では完全に避けることは不可能な状況と言えます[#]“食品、添加物等の規格基準の一部を改正する件について”厚生労働省 n.d. Accessed April 8, 2019. https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11130500-Shokuhinanzenbu/12.... 。
グリホサートの安全性に疑問の声が上がる今、アメリカのコストコでは2019年にラウンドアップの販売を中止しました。フランスでも2019年1月に安全性に対する懸念からその使用許可を取り消すなど、世界中で規制の動きが強まっています。しかし、その潮流に逆らうように、日本では2017年に厚生労働省が食品、添加物等の規格基準の一部改正を行い、いくつかの化合物について食品中の残留基準値を見直しました。この中で、グリホサートについては小麦、大麦、トウモロコシなど複数の食品における残留基準値の引き上げを行っています。 科学者とラウンドアップの戦いの決着を待つのではなく、自らの意思で食品を選び、自分や家族の健康を守ることが大切です。
この記事を読んでグリホサートを避けようと思われたgeefeeユーザーができることとしては、可能な限り有機栽培の農産物を選び、有機飼料で育った家畜の肉を選ぶこと。また、輸入物のトウモロコシや大豆、アルファルファ、キャノーラにはグリホサート耐性のある遺伝子組み換えのものが多いため、これらも避けることが理想。このすべてを完璧に守ることは、現代生活の中ではほぼ不可能でしょう。しかし、グリホサートに関する知識を頭の片隅に入れておき、買い物の際に複数の食材の中から選択する場合の判断材料の一つにすることで、残留グリホサート摂取量を少しでも減らすことが期待できます。
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