現在、瀧川歯科で歯科医を務める傍ら、複数の医療系の大学や専門学校での講師、食育や栄養関連のセミナー講師、料理教室の講師として活動している久野淳先生。
従来の歯科の枠を飛び越えて、食事が口腔内、更には体全体の健康に及ぼす影響をテーマに、消費者目線での独自の調査や研究を重ねる「食事を重視する歯科医」が、今もっとも気になるヘルストピックを伝授します!
今の時期は、バレンタインデーはもう過ぎましたがホワイトデーなどでもまだまだチョコレートの需要があるトップシーズンですね。実はチョコレートの原材料のカカオ豆は、味噌や納豆と同じように優れた発酵食品なのです!このことを知らない人が意外と多いのですが、カカオの実を収穫した後、まずその厚い殻を割って中のパルプと呼ばれる白い実を取り出し、それをバナナの葉っぱで包んだり、木箱に入れて数日間発酵させます。その後天日にて数日乾燥させて、それが生のカカオ豆として流通していきます。
カカオ豆の優れた栄養素とその歴史
カカオ豆に含まれるフィトケミカルであるカカオポリフェノールは、赤ワインや緑茶のポリフェノールの何倍も多く含まれており、その含有率や健康増進効果は他の食材とは比べ物にならないほど優れていると言えます。また、その他にもリラックス効果のあるテオブロミン(これもフィトケミカルの一種)や、鉄、亜鉛、マグネシウム、カリウムなどのミネラル、また食物繊維やビタミンEなども豊富に含まれているスーパーフードの代表格と言っても良いでしょう!
カカオ豆の歴史はとても古く、紀元前2,000年頃から栽培され、不老不死の薬や通貨の代わりとしても使われていたほどで、昔から高貴な人々に珍重されたカカオ豆はまさに「テオブロマ」(カカオの学名:ギリシャ語で神様の食べ物)にふさわしいものでした。ちなみに、現代のような固形のチョコレート菓子が製造されるようになったのは、1800年代の中頃になってからだと言われています。
含有量の多いカカオバターについて
カカオ豆の50%以上を占めるのがカカオバターであり、それが溶ける気温でないとカカオ豆は発芽しないため、カカオが育つ地域は赤道から南北20°までの地域と言われています。カカオの木は、植物の分類上はハイビスカスやオクラと同じ。その種子から抽出されるカカオバターについては、意外とその質や成分などについてお菓子の専門家でも詳しく知らない方も多いようです。
このカカオバターについて、ショコラティエや専門家にも色々聞きながら調べてみました。きっかけは美味しい手作りのチョコレートを作ろうと思った時に、質の良いカカオ豆は比較的容易に手に入るけれど、カカオバターの質や成分ってよく分からないという素朴な疑問からでした。
たまに見かけるカカオ豆のオーガニック有機JAS認定(農薬不使用)の表記も、実際にはカカオの実は固くて厚いカカオポットの殻に覆われているため、無農薬でなくても農薬の害についてはそれほど神経質になる必要はないというお話も聞いてます。それよりも、そのカカオ自体の美味しさやカカオバターの質はどうだろう?とずっと気になっていました。そして実際に色々なカカオバターを購入してお菓子に使ってみると、その風味や質の差が大きいのに驚きました!本当に良質なカカオバターって、それだけでチョコレートの良い香りがするのです。そしてお口に入れると、滑らかな口溶けでコクがあり少しホロ苦いような味がして、チョコレートの良い香りがフワッと鼻に抜けていくのです!
そして粗悪なカカオバターというと、製菓材料店で購入しても何の香りもなくて、口に入れても舌触りも悪く、アブラの塊って感じで全然美味しくないものが多いです。
一般的に出回っているカカオバターというのは、カカオ豆の場合ほど質にこだわったものではなく、まずは良いカカオマス(カカオの実を発酵させて、乾燥させて、それをローストして粉砕し、ペースト状にしたもの)を作るためのカカオ豆の質が最優先、という考え方が今でも主流であり、搾油の過程で副産物として抽出されるカカオバターは2番手以降という考え方だそうです。そのため虫に食われていたり、発酵が十分でなかったり、カビが生えていたりするカカオビーンズを除去せずに混ぜた状態で圧搾してしまうという状況がほとんどだと言われます。その搾りカスは安価なカカオパウダーとなるわけですね。
また、世の中に出回るチョコレートに含まれる油脂がカカオバター100%というわけではありません。ほとんどがカカオバター100%ではなく、植物油脂(パーム油やひまわり油、シアバターなど)を混ぜて、さらに添加物を入れた偽チョコレートなのですから、カカオバターが100%のホンモノのチョコレートであるだけでも喜ばしいとは思うのですが、木の実を搾った油脂だからこそ、その質や抽出法が気になるのです。
何だか、原材料のカビとか虫食いとか発酵とか、質の悪い偽物のオリーブオイルの現状に似ていますね(オリーブオイルの場合はオリーブオイルの実は発酵させてはいけないのでこの点では逆ですが…)
カカオバターの脂肪酸組成
ここで栄養学的に「カカオバター」の脂肪酸組成について見てみましょう。カカオバターに含まれる主な脂肪酸の種類として、
先ず一番多いのが全体の約60%を占める「飽和脂肪酸」、その内訳としてはステアリン酸(C18:0)が約33%、次に多いのがパルミチン酸(C16:0)で約25.5%で大部分を占めています。その次に多いのが「一価不飽和脂肪酸(オレイン酸)(C18:1)」で約33%であり、これらの飽和脂肪酸と一価不飽和脂肪酸の合計で全体の約91%以上を占めており、その他の脂肪酸については、酸化しやすく人体においても摂りすぎが問題視されている多価不飽和脂肪酸のリノール酸(C18:2)は僅か3%未満しか含まれておりません(他にも飽和脂肪酸のアラキジン酸や一価不飽和脂肪酸のパルミトレイン酸などもごく僅かですが含まれています)。
産地・豆の種類によって異なりますが、カカオバターの融点は一般的に32~36℃であると言われており、ココナッツオイルの融点は約24℃くらい、生乳から作った通常のバターの融点は約28〜35℃くらいなので、この中ではカカオバターの融点が一番高めということになります。それはそれぞれの油脂の脂肪酸組成が関係しており、融点が高いカカオバターは一番安定していて酸化しにくいということにもなるのです。
カカオバターの結晶の最適化(テンパリング)の必要性
また細かく言うとカカオバターは多形の結晶であり、融点の異なるγ(ガンマ)型、α(アルファ)型、β'&β(ベータ)型の結晶構造を有しています。液状のカカオバターを徐冷していくと、α型などの結晶が生成され、ボソボソとした舌触りの悪い感触になります。
実際にチョコレートを製作する時には、調温(テンパリング)を行って、β型の結晶を多く生成するようにもっていきます。具体的なテンパリングの一例としては、湯煎をして溶かしたカカオバターをカカオマスや砂糖と混ぜた後に、50℃まで温度を上げて、そしてそれを28℃に下げて、再び32℃にすることで、複数ある結晶の型をβ型の結晶構造にまとめることができ、生地が滑らかになり、表面の艶がでて歯応えよくパキッと折れるチョコレートに仕上げることができます!このようにチョコレートを作る際のテンパリングは、カカオバターの結晶を最適化するための作業なのです。
カカオバターの抽出、製造方法
ではカカオバター自体はどのように作られるのでしょうか?
ローストしたカカオ豆を砕いてカカオマスの状態にして、それを圧搾してカカオバターとカカオパウダーへと分離していきますが、カカオ豆の50%以上を占めるカカオバターが全て抽出できる訳ではなく、カカオパウダーの中にカカオバターが10〜30%くらい残留している状態です。カカオバターを圧搾する作業はとても大変で、専用の信頼できる機械がなければ純度の高いカカオバターは搾れません。そうなるとカカオバターの色が綺麗な乳白色にならずに、褐色っぽかったり、グレーっぽい色になってしまうのです!そこでそれをカバーするため何をするのかと言うと、カカオバターっぽく白くするため薬剤を使い漂白をするのです。また抽出法がいい加減で色が悪いだけでなく、カカオが未発酵だったり、虫食いだったり、カビが混入していたりなど粗悪なカカオ豆を使用したものは匂いも悪いので、その脱臭のための高温処理の行程も必須になります(こういうところはココナッツオイルやパーム油の製造過程と同じです)。
またカカオパウダーを作る際にも、ミルクや水分に混ざりやすくするため、またパウダーの色をイメージ通りのチョコレートブラウンにするためにアルカリ処理もされるのです(色出しのための薬品処理)。
こういったカカオバターやカカオパウダーが世の中の一般的なチョコレート菓子には使われていて、偽チョコレートに入っているカカオマスに関しても、その品質レベルはかなり低いといって良いでしょう。
チョコレートを愛する多くのショコラティエたちは、より良いチョコレート、ホンモノのチョコレートを皆さんに食べてもらいたいと、自分のプライドをかけて仕事をしています。しかしながら、世の中に溢れている粗悪な偽チョコレートのせいで、
- 『チョコレートを食べると虫歯になる』とか
- 『チョコレートを食べすぎると鼻血が出る』とか
- 『チョコレート食べると太る』とか
そういう少しマイナスのイメージが植え付けられています。
皆さん、良いですか?
チョコレートの原材料であるカカオマスやカカオバターを厳選して、ホンモノのチョコレートであれば、「テオブロマ(神様の食べ物)」の健康増進効果が期待できると思います!
味覚が完成する幼児期のお子さんが初めてチョコレートを口にする時も「砂糖が主体であるその辺の偽チョコレート」を食べさせるのではなく、ホンモノの良質なカカオマスとカカオバターで作られた(もちろん糖分はNon-GMOしか存在しないきび糖を控えめに使用)ものを食べさせてあげてくださいね。そうすれば、偽チョコレートがそんなに美味しくないものだと舌が学んでくれるでしょう!
もちろんホンモノが美味しすぎて、食べる量が多くなったり、頻度が多くなると良くないこともありますので、あくまで節度を持って食べる必要がありますが、大人も子供も大好きなチョコレートだからこそこだわってみても良いのではないでしょうか。
【参考資料】
・ショコラトリータカスHPより
・Dari K(ダリケー)HPより
・ウィキペディア「チョコレートの歴史」「ココアバター」より
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